東京高等裁判所 昭和40年(う)1853号 判決 1965年12月22日
被告人 八木平吉
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中四〇〇日を右本刑に算入する。
八木芳郎に対する詐欺の点についての公訴は棄却する。
訴訟費用中原審弁護人大蔵敏彦及び原審証人高野義一(二回)、同園田とく、同朝倉、同丸山寿美、同梅村市郎、同岩田章、同市井林治、同田中とみに支給した分の全部、原審証人高井行吉(二回)、同大石悦郎(三回)、同宮本光雄、同小沢進に支給した分の二分の一を被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人天野憲治作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
弁護人の控訴の趣意第一点及び第二点について
所論は原判示第二ないし第四の犯罪事実につき原判決の事実誤認を主張するが、原判決挙示の該当証拠を総合すれば、共謀及び詐欺の犯意の点を含め右原判示事実はすべてこれを肯認することができ、記録を検討するも原判決に事実誤認の廉は存しない。なるほど「丸信商会」は原審相被告人金田の経営にかかり、被告人は金田の使用人であつたことは所論のとおりであるが、被告人は別件詐欺被告事件の弁償等にあてるため金員の必要に迫まられて金田と右犯行を共謀したことが優に認められ(実際は被告人の取分は小額に止まつた)、被告人が金田の使用人として同人の犯行を幇助したに過ぎないものではない。なお金田及び被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書は、その内容よりして任意性、信用性がないものとは認められず、また被告人が最初昭和三八年九月二四日に逮捕されたのは高井行吉からオートバイ一台を騙取したとの一箇の被疑事実についてであつたが、その後本件各詐欺、有価証券偽造行使等の犯行が順次発覚し、しかも犯罪地は各所にまたがり、事案の内容も複雑であつてその補強証拠の収集にも日時を要することに鑑み且つその間警察での自白の存することをも考慮すれば被告人の検察官に対する自白調書が、被告人の逮捕時からそれぞれ所論指摘の如く数ケ月を経過した後に作成されたからとて、これを不当長期拘禁後の自白であるということはできない。論旨はいずれも理由がない。
同第四点について
案ずるに、原判示第二の事実についての被告人の司法警察員に対する供述調書が、同事実についての被告人の検察官に対する供述調書よりも信用性が少ないものであるとは認められないばかりでなく、たとえ右両者の間に多少不一致の点があるとしても、原判決は右判示事実に副わない部分は排斥し、証拠として採用しなかつたものと認むべきであるから、原判決が右両者を証拠の標目中に列記したからといつてそのために理由にくいちがいがあるとすることはできない。論旨は理由がない。
同第三点について
所論は、原判示第一の一及び二の犯罪事実は被告人が、原審相被告人金田と共謀のうえ、昭和三六年六月下旬ころ及び同年七月中旬ころの二回にわたり被告人の実弟である八木芳郎からカシミヤ生地を騙取したというのであるから、同犯罪事実は被告人については刑法第二五一条、第二四四条により親告罪であることは明らかであり、しかして「親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない」ことは刑事訴訟法第二三五条の明定するところ、被害者たる八木芳郎はすでに昭和三六年中には被告人と金田とが共犯として本件カシミヤ生地を騙取したものであることを知つたと認められるから、それより一年一〇月ほども経過した昭和三八年一〇月二日に芳郎から司法警察員に対してなされた右詐欺事実についての被害届及びこれより更に三ケ月余を経過した昭和三九年二月七日に芳郎より検察官に対してなされた同事実についての告訴は、いずれも犯人を知つた日から六ケ月以上を経過した後になされたものであつて、従つて右の告訴は法律上の告訴としては無効のものといわなければならない。それゆえ原判決は右詐欺事実に対しては刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴を棄却しなければならないのに、これを看過し、右事実について被告人を詐欺罪をもつて処断したのであるから、破棄を免れないと主張する。
よつて案ずるに、八木芳郎が被告人の実弟であること、芳郎に対する原判示第一の一の昭和三六年六月下旬ころ及び同二の同年七月中旬ころの二回にわたる各カシミヤ生地の詐欺の犯行は、被告人と原審相被告人金田との共謀にかかるものであることは記録上明らかであり、しかして原審及び当審証人八木芳郎の各供述、同人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、芳郎作成の被害届及び告訴状の記載、被告人及び右金田の検察官に対する各供述調書を総合すれば、芳郎は、カシミヤ生地の取引に当つては、被告人が金田を連れてきて紹介したため同人を信用して販売したものであるところ、その代金支払のための約束手形は、一、二回支払期日を延長したがその期日に支払がなされず、そのうち被告人及び金田とも所在が不明となつてしまつたので、芳郎は、昭和三六年暮ころまたは遅くとも昭和三七年初めころには被告人と金田とが共謀して芳郎から右カシミヤ生地を騙取したものであることを察知したこと、しかして右詐欺事件については芳郎は、静岡県島田警察署員が昭和三八年一〇月二日わざわざ東京都板橋区の芳郎方へ被害調査に出向いた際、同取調官に対し同日付で初めて詐欺の被害届を提出したのであるが、被害届の提出がかように遅れたのは、詐欺にかかつたことを知らなかつたためではなく、犯行に実兄も加わつているので、ことさらその届出をしなかつたのであつて、この経緯は、右同日芳郎が取調官に対し「兄を告訴までする気はない」と述べ、それより更に四ケ月以上を過ぎて昭和三九年二月七日検察官の取調に際し漸く告訴状が作成されたことによつても充分肯かれるのである。
してみれば、右告訴はカシミヤ生地についての詐欺の被害を知つてから六ケ月を経過し告訴権の消滅した後になされたものであり、従つて同犯行に対する本件公訴は、有効な告訴を欠くものとして刑事訴訟法第三三八条第四号により棄却さるべきであるのに、原判決はこれを詐欺罪として処断したのであるから破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに当裁判所において判決することとし、八木芳郎に対する詐欺の点についての公訴は同法第三三八条第四号によりこれを棄却し、当裁判所が被告人につき認定した犯罪事実及びこれに対する証拠の標目は、原判示第一の一及び二の部分を除くほか原判決と同一であるからこれを引用し、これに対し原判示各該当法条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 樋口勝 関重夫 小川泉)